短歌とTANKA

 前登志夫 第一歌集『子午線の繭』より

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かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳(かげ)らひにけり

 

けものみちひそかに折れる山の上(へ)にそこよりゆけぬ場所を知りたり

 

森出でて町に入りゆくしばらくは縞目の青く身に消えのこり

 

暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か

 

艶めきて冬の筏は流れゆく望郷の歌ふたたびあるな

 

どの神も信じてをらずさりながらけものみちゆきし ゆきしものあり    (見者)

 

合唱のごとくにふれる峡の星ふゆしろがねの橋をわたりて         (冬の合唱)

 

きみの指に晝の螢をつたはしむゴムぐるま原の草に溺るる       (水は病みにき)

 

夕映は燃えゆく巨鳥ものなべて無名となれる谷閒はありき         (候鳥記)

 

崖づたふ夜の電車にひとり酔ふ離れゆく都市はすでに崖(きりぎし)

 

春すぎて夏草に病む青衣の歩哨(ほせう)たちわれを看病(みと)る山國

 

一村の硝子いつせいにきらめきて野にくらみけりわれの翼

 

夏の夜の涸れゆく沢に急かれつつ石の階下りるわが青年期

 

娶らざりき。夜の稲妻の遠ざかり水銀柱はひそかに立てる

 

もの音は樹木の耳に蔵はれて月よみの谿をのぼるさかなよ

 

鍔ひろき少女の帽子かむる日に信濃の山羊の紙のごとしも

 

あけはなつ真夏の部屋に入りくる甲虫も屋根もみな死者のもの

 

地下鉄の赤き電車は露出して東京の眠りしたしかりけり

 

手の孤独その手を落つる滝なれば叫びのごとく冬は会ふなり

 

ほしぐさの乾ける夜に誓ふべし萬の蛙の山上の弥撒(ミサ)

 

新しき鋲うちこみつ預言する冬の衣装の座せる基督

 

合唱のごとくにふれる峡の星ふゆしろがねの橋を渡りて

 

弾き手のなきギターよ忘却の生なりしかば砂地をなしき

 

岩に来る鶺鴒一羽うつしみの妻とわれと聞く皿の上の楽

 

銀(しろがね)の鋸の挽く夢なれとつぐみの森に雪はふり来つ

 

岩に貝を投げつけて割り食(たう)ぶると古き代の生活(たつき)言ひし少女子(をとめご)

 

合歓(ねむ)の花しだるる下に言葉絶えひぐらしは暗く聲あはせたり

 

海にきて夢違観音悲しけれとほきうなさかに帆柱は立ち

 

ものみなは性器のごとく浄められ都市の神話の生まるると言へ

 

死者も樹も垂直に生ふる場所を過ぎこぼしきたれるは木の実か罪か

 

石仏に似し母をすてて何なさむ道せまく繁る狐の剃刀

 

ある夜ひそと盆地は海となりゆかむ絶えて聞かざる相聞の夜に

 

鯉幟はためく村よ死なしめてかごめかごめをするにあらずや

 

もう村の叫びをだれもきかうとしないから村は沈黙した。わたしの叫びの意味を答へてはく

れぬ。人はふたたび、村の向う側から、死者のやうに歩いてこなければならない。芳しい汗

と、世界の問をもつてーー

夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごと我は華やぐ

 

帰るとは幻ならむ麥の香の熟るる谷閒にいくたびか問ふ

 

ぬばたまの夜の村あり高みにて釘を打つ音谷閒に聴けり

 

猫背して村行くわれにひそひそと村びとは隠す壺の如きを

 

いくたびか春立たむとし檜の山にひと振りの斧入りて行きにき

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