短歌とTANKA

日本語詩の英訳について考える―短歌の英訳は五行でなければならないのか― 菊地利奈

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 小城小枝子氏と田中教子氏の短歌の英訳についての考え方の違いを興味深く拝読しました。現代短歌がより自由であるとはいえ、基本的に短歌は5・7・5・7・7の定型である、というところは現代英語詩を専門とする私にもすんなり納得がいくものです。しかし、英語TANKAは五行で書くという「約束事」のほうは、まだ100年程度の歴史しかないものです。また、英語詩には自由詩以外には定型があるというのも事実でありますが、19世紀後半以降、つまり日本の短歌が英訳され紹介されるようになった頃から、英語の定型詩というものはほとんど書かれなくなっています。つまり、自由詩の時代が到来したのです。これは、俳句がHAIKU という三行詩として紹介された時期とも重なります。

 

私は、現在TANKAをつくる方たちが、英語詩ではすたれてしまった、短歌のもつ定型に惹かれ、TANKAを五行詩として五行で創作されることに異議を唱えるものではありません。むしろTANKAが持つ定型、つまり行数や字数の制限が、より新しい詩的世界を英語で生みだすのではないかと期待しています。

 

しかし、翻訳の場合には創作とはまた違った視点でみることも必要だと感じます。なぜか。このことについては、俳句とHAIKUの研究で第一人者でいらした佐藤和夫氏(1927-2005)の著書によい例があるので、ご紹介させていただきます。

 

佐藤氏は、HAIKUは「三行詩」として欧米に紹介されたが、だんだんと一行や二行のものや、5・7・5に沿わないものが増え、「HAIKU=短詩」という広い意味でのHAIKUが、英語、フランス語、ドイツ語などで作られるようになったと説明します。そして、イギリス詩人James Kirkupが作った、優等生的な「5.7・5」の定型に沿った英語HAIKU(三行詩)を紹介しています。

 

Stone face of Buddha

on his gentry-smiling lips

a snail is crawling

 

直訳すると以下のようになります(佐藤和夫訳)。

 

仏陀の石の顔

そのやさしく微笑している唇の上を

カタツムリが這って行く

 

この日本語訳をみて俳句だと感じる方は少ないでしょう。理由は簡単で、長すぎるからです。しかしこれを「俳句風」、つまり5・7・5に当てはめるとどうなるか。佐藤氏は、「かたつむり口に這わせて微笑仏」との訳をしめしています。

 

日本語の短歌を英訳する場合には、この作業の逆が起きることになります。つまり、「かたつむり口に這わせて微笑仏」の5・7・5を三行に訳そうとすると、もとの日本語よりも長くなる恐れが高いということになります。それは、英語の三行詩をさらに日本語に置き換えたときに「仏陀の石の顔/そのやさしく微笑している唇の上を/カタツムリが這って行く」と、「かたつむり口に這わせて微笑仏」よりもずっと長くなってしまうことからもわかります。

 

俳句と短歌は違う、という反論はもっともです。しかし、俳句も短歌も、その魅力のひとつは「短さ」ではないでしょうか。日本語の短歌の英訳が一行や二行で充分足りる場合にも、五行にしなければならないという約束事のために、語を補って長くすることは必然なのか、考える必要があると思います。

 

言葉は生きています。時代とともに変化します。英語詩の形も言葉も日々変化しています。HAIKUも多くの言語圏で変化しながら世界に愛されるようになり、英語圏のこどもたちには小学校でもHAIKUを作る宿題がでるほどにもなりました。短いながらも感情をうたいあげることができるTANKAには、HAIKUとはまた違った魅力があると思います。TANKAも、一行訳や五行訳や「切れ」に沿って訳す方法など、さまざまな英訳形式を試すことで、短歌の魅力がより広く世界に伝わり、より広まっていくのではないかと感じています。

 

 

 

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