「若きウタリに」より バチェラー八重子
From “For Utari Youth” CollectionBatchelor Yaeko
(Note “utari” = Ainu people. ‘the ainu’)
翻訳:キャロル・ヘイズ+田中教子
Translation by Carol Hayes + Noriko Tanaka
( 新村出による序文より)
北海の歌びと八重子バチュラー女史が、佐佐木金田一両先達の懇切によつて初めて世に著はされようとする此の歌集は、女史のウタリにとつては、全く空前の試みではないのでせうか。その事が、女史及び其のウタリのために、単に慶ぶべきばかりか、言はば同族の「文学史」ともいふべき方面に特筆大書して然るべきではないでせうか。
女史が 祖先以来承け継いだところのアイヌの民族感情と、バチュラー老師の慈恩に導かれたキリスト教精神とを、敷島のやまと言葉に表現して、親しく吾ら日本人の胸にひびくやうにされたのは、私たち詩歌を味はふ者どもに於いて、望外の賜ものであつて、こよなき悦びと申さねばなりません。アイヌの神話とキリスト礼讃とが朴訥な調子に流露せられ、敬虔な信仰と純真な感情とが簡素な歌詞に表出せられ、それを以て我邦の歌人の感興をもそそること、一通りではないのであります。作者の郷土愛や、民族愛から出たものが、読者に対しては、うらうへに言ひしらぬ異国情致をただよはせ、読者はまた、ひたすら深き同情に涙ぐまされて来るのであります。(以下略)
※以下、日本歌人クラブ「タンカ・ジャーナル」より転載。(今回バチュラー八重子の作品がもともと5節に切られていることにもとづき、五行訳とする)
野の牡鹿 雌鹿子鹿の はてまでも
おのが野原を 追はしれしぞ憂し
wild stags
does, fawns
all of them
driven from our lands
such bitterness
***
ウタリの子 一人行方を くらませり
烏麦しも 生えし様なる
a child of the utari
whereabouts
unknown
such wild oats
already grown
***
島々は 群れ居るなれど 他人(ひと)の島
貧しきウタリ 寄るすべもなし
our islands
gather together
now their islands
we impoverished utari
can approach no longer
***
偉人(ゐじん)をば 太陽に准(なぞ)らへ 褒め称えし
古のウタリ 歌(うたびと)人ならずや
to compare a great heroine
to the sun
was to offer praise
surely all ancient utari
were such poets
***
新聞の アイヌの記事を 見るごとに
切に苦しき 我が思ひかな
in the newspaper
every time I see
an ainu article
my thoughts
fill with such anguish
※岩波現代文庫『若きウタリに』 バチラー八重子 岩波書店 2003年による