姉さん 岩尾淳子
きさらぎの人のうたげに集いゆくアンデルセンを道連れにして
花束をかしゃかしゃ抱いて青年は氷河のように頬をさらせり
すこしずつ日が長くなる夕暮れの声のきれいな僧のゆく道
お向かいの家は売られてしまいたり黄色い花に降る陽のひかり
生き方を詠えとせまる言葉から逃げてあおげる春の星座を
さいわいはちいさくあれば飯粒がお寿司屋さんにつやめいている
先だちし姉を日増しに慕いたる孝標の女の記憶のかおり
太秦のお寺に籠もり夜もすがら物語せし声もほろびて
歳月はゆきつもどりつかなしみを父の葦辺にはこんできたり
享年二十一歳わかくして自死せし叔母の死後のながさよ
梅林に喰いこむように花は咲きこの世のものはくらいね、ねえさん
あの朝もさみしい朝のはずだったきれいな声でヒタキが鳴いて
わたくしに姉なる人は無かりしをスープに蕪は透きとおりゆく
やわらかな人の暮らしに火を灯すすべての窓に夜がくること
カフェテラスに魚のように人はゆき風が荒らした冬も終わった