たまたま歌の師の一周忌ということもあって、K書店の編集者のYさんを案内して吉野へ行った。四月四日、師の命日の一日前のことでした。ちょうど、生前に編んでいた師の第十歌集『大空の干瀬(ひし)』が出来上がったので、それをご仏前にお供えするということが目的でもあった。
午後二時すぎに先師のご自宅に伺い、仏前にお線香をあげて、長居も申し訳ないと思い、早々に辞して、数人の歌仲間といっしょに桜の咲き始めた吉野山へと向かった。
あいにくの雨。山は靄に閉ざされていて、斜面に咲き始めている数百本の桜の木々もまったく見えない。花の盛りの時期には少し早すぎた。本当はあと一週間後におこなわれる蔵王堂の花会式の頃が桜の見ごろなのだが、そうなれば花見客でごったがえして風情も何もあったものではない。
役の小角(おづぬ)の開祖、山岳修験道のメッカである蔵王堂から少し裏道を下ったところに昨年十一月に建立された師の歌碑がある。みんなでそれを拝むのも吉野山へやって来た目的でもあった。
桜雨にしっとりと濡れた碑にはこんな歌が刻まれていた。
さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人をおもへり
「先生はどうしてこの一首を選ばれたのでしょうかねえ」
歌友の一人がぽつりと独り言のように小声でつぶやいた。
「うーん、どうしてでしょうか。先生の桜の歌にはもっと代表歌があったのに・・・・・・」
「たとえば?」
「桜咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝(あした)の斧は、とか」
「たしかに。しかし、斧(おの)という字が読めるかな」
「読めない若い人も多いでしょうねえ。斧なんて、今では使うことなんてないでしょう。それに、この歌は一般の人にはかなり難解ではないかな」
「そうそう、桜の花影が映った水で斧を研ぐというだけじゃなく、どうしてその斧が夢やわらかいのか・・・・・・専門の歌人 だって本当の解釈なんてできっこないでしょうね」
「まあ、それが先生の歌の魅力なんだけど」
「しかし、歌碑に彫る歌としてはこの方がよさそうだね。歌碑に刻まれた歌は、永遠に残るから。だから、できるだけみんなにわかりやすく、口ずさみやすい歌を先生は選ばれたんだろう」
「くらくなるまで・・・・・・人を思うか」
「どなたを思われたのでしょうか?」
興味深そうに同行のご婦人は言った。
「さあ、どなたでしょうか。たぶん、先生のことだから女性でしょう」
「女性・・・・・・ですか」
「そう、女性。おそらくは、もうこの世の人ではない女性」
「たとえば初恋の人とか?」
「うーん、そう考えてもよさそうですね。しかし、すべての生きとし生けるものを思うと考えてみるのもいい」
あれこれと雨降りしきる歌碑の前で、みんなでしばらくの間語り合った。
歌碑のかたわらにある桜の木に花がようやく咲き始めようとしている。冷たい春の雨に濡れながら、どこかおだやかに、ゆっくりと花を開こうとしていた。
「桜の花って、他界の花と先生はどこかで書いていらっしゃいましたね」
また歌友のご婦人の別の一人が感慨深そうにつぶやいた。
「ああ、あの世を見せる花。あるいは、あの世とこの世とをつなぐ花。それにしても美しいが、ただ美しいだけじゃなく、どこか妖しい艶と深い怨嗟をはらんでいる花とも思えるんですよ。不思議な花だ・・・・・・」
私は歌碑の前でそっと掌を合わせた。
故郷の吉野に戻って来ると私はいつものことながら、少年時代のなつかしい思い出がさまざまに心の奥底から湧き出してくるのを覚えた。
悪い思い出はほとんど出てはこない。
くらくなるまで人を思へり・・・・・・か。
私はいくたびもその言葉を心の中でつぶやくのであった。
若いころの私は青臭い文学青年のはしくれを気取っていた。今となっては取り返しのつかないことだが、考えてみれば何人かの女性と付き合う機会もあったかとおおいに悔やんでいる。
嗚呼、人生は後悔の連続にして、悔いを残し、あまたの煩悩を懐いっぱいに抱いたままで、そのうち浄土へ往生することになる。しかし、それもまた、おのづからしからしむるという親鸞さんの自然法爾(じねんほうに)の教えでもある。
そう、この限られた、そしていつお迎えが来るかも知れない人生を輝かせねばならない。どのようにして輝かすかは、人それぞれ。どうしようもない苦しみとて、その人にとっては無上のよろこびであるやも知れないからだ。
はや知命なかばを過ぎても、時々甘美な夢を見ることがある。ほとんどはもがき苦しんでハッと夜中に目覚め、額に脂汗が滲んでいるといった夢の方が圧倒的に多いが。
夢に出て来る女性は、中学校時代の同級生のEちゃん。いつもそうだ。
そんなに色っぽい美人というわけではないが、どこか理知的で、さわやかで、醒めた印象があった。その江里ちゃんのどこに私は惹かれたのだろうか。あとでよくよく考えてみると、江里ちゃんは私の初恋の女性であった。ほのかな恋情というものである。
そう、そのEちゃんと中学一年生の時にたまたま同じクラスになったことがきっかけだった。もともと、家が近所、といっても小さい吉野の上市(かみいち)という山の町で生まれ育ったので、町ひとつがご近所さんという感じであった。
Eちゃんのお父さんは地元の高校で数学の先生をしていた。そんなこともあって、中学校に入ってから、数学の勉強を江里ちゃんのお父さんに数名の同級生といっしょに毎週一回教わることになった。現在の塾のようなものだが、Eちゃんの家に行って、居間に長机を囲んで数学の勉強をした。たしか男三人、女二人の五人だったと思う。その中にEちゃんも加わっていた。
一人の女の子はたしかKちゃんと言った。瞳が大きくて微笑めばかわいらしい頬のえくぼが印象に残っている。けっこう早熟な子で、その頃流行っていた交換日記というものを好きな先輩の男の子とやっていたらしい。色気があった。男を見る瞳が明るく好奇心にあふれ輝いていた。
それに対してEちゃんは、男女の関係にはまったく無関心を装っていた。好きな男の子の話も噂にはのぼらなかった。聡明で、クラスでもトップだった。お父さんの血を引いたのか、特に数学がよくできた。私には男女のことに対しては奥手そうな女の子としか見えなかった。だから、Eちゃんと話をする時にも、異性という意識はまったくなく、照れることもなくごく自然に会話ができた。
そんなある夜、いつものように数学の勉強を教わりにEちゃんの家に行った。少し早く来てしまったかと思ったが、早く来た時には長机を卓球台代わりにして遊ぶことができたので退屈はしなかった。
「こんばんは」と言って門の障子扉を開けて、奥の居間へと続くほの暗い細い土間を歩いて行った。その時である。暗い空間の向こう側に白い人影が浮かび出た。おかっぱ頭のEちゃんだとすぐにわかった。しかし、白いパンツ一枚の裸だったのである。
私は心臓が凍りつくような戦慄を覚えた。これまで同年代の女の子の裸など見たことなどなかった。しかも、相手はEちゃんだ。私はとまどい、その場に立ち尽くしたまま目を伏せようとした。しかし、Eちゃんは私の姿を見るやいなや、顔色をにわかに青ざめ、あわてて両方の手で胸を押さえて、脱兎のごとく茶の間の方へ走り去った。
それは一瞬の出来事であった。
しばらく私の胸の動悸が収まらなかった。
白い女の子の昔風にいえばズロースに近いパンツがこの上もなく私の目にはまばゆく映った。それに、女の子らしいなよやかでピチピチとした若鮎のような肢体が私の下半身を熱くくすぐったのである。たしかに学校では白い半袖の体操着と提灯ブルマ姿の女の子たちを遠くから眺めながら、かすかな興奮を覚えてはいた。思春期に向かおうとする少年にとってはごく自然なことだろう。
「ほほほ、あの逃げ足の速かったこと。お風呂上がりの裸を見られて恥ずかしかったのよ、きっと」
Eちゃんのお母さんが笑いながら言った。お母さんはなかなかの美人だった。色白で細面、少し竹下夢路の絵に出て来るような雰囲気をもっていた。
私は顔を赤らめてうつむきかげんにしてもじもじしていた。
奥の居間で座っているとスカート姿に着替えたEちゃんが部屋に入って来た。何事もなかったかのように私で卓球のラケットとピンポン玉を手渡した。
「これで遊んでいて」
「う、うん」
私はいかにもバツが悪そうに頷いた。
「じゃあ、あとで」
それだけ告げるとまた部屋から出ていった。
しかし、その時のEちゃんの顔は赤く火照っていた。湯上がりのせいばかりではないと私は感じた。それが女としての羞じらいであるとわかったのはずっと後のことだったが、明らかに私はその時、Eちゃんを女というか異性として意識したのであった。
その夜、私は狂おしいまでに自慰を経験した。
瞼にはあの夜のEちゃんのパンツ一枚の裸体がくっきりと焼き付いていた。しなやかな脚、細みの体、ウエストの美しいくびれ、膨らみ始めたであろうみずみずしいバスト・・・・・・。胸が締め付けられる。具体的にセックスしたいなどという大人の淫靡な妄想ではない。甘く痺れるような、心のときめきといった方がいいだろう。
本当はEちゃんのことを好きだったのかも知れない。
激しい快楽のうねりの中で私はそう思った。
それからも、Eちゃんとは努めて同級生としての普通の接し方しかできなかった。早熟な少年ならば、きっとラブレターの一つぐらいは手渡していたのかも知れない。しかし、私にはそんな恥ずかしいことは、変なプライドというか、何かが邪魔をしてできないでいた。Eちゃんのことを意識すればするほど彼女を遠ざけるようなそっけない態度すらとってしまった。なぜだったのだろうか。苦しかったが心はときめいていた。
体育の時間で、男女合同のフォークダンスがあった時などには、胸がドキドキして仕方がなかった。Eちゃんと手を握ることできる。それだけで激しい興奮に襲われた。ときめきを越えた心のたかぶりといった方が正しいだろう。
順番が回ってきてEちゃんと手を組んだ。やわらかい温もりのある手のひらだ。肩と肩とがかすかに触れ合う。私は身震いするのを必死でこらえた。Eちゃんの肩もかすかに震えているように感じた。お互い何食わぬ顔をして、言葉すらかわさず、さらりと次の女の子へと移ってしまった。
しかし、心は熱いままだ。あの手のひらのやわらかさとまろみのある肩の感触がそのまま消えずにいつまでも尾を引いたままであった。
その頃、学校では「〇〇ちゃんが好き」などという告白ゲームがひそかに流行っていた。今から見れば何とけなげで幼稚なことをしていたのかと思われるが、当人にとってはけっこう真剣だった。
「お前は誰が好きだ?」
そういうふうに愛の告白を聞き出す奴がいた。そして、知らず知らずに相手の女の子の耳に入ってしまう。だから迂闊なことも言えない。
ある時、私は廊下ですれ違いざまに一人の美しい女の子と出くわした。クラスもちがえば名前も知らない。何となく、その子がいいなどと告白係に話してしまった。噂はたちまち広まっていった。話したこともない、名前すら知らない。どうしてその子のことを口にしてしまったのだろうか。もちろん、相手の女の子も廊下で私とすれ違った時には伏し目がちに、少し頬を紅潮させて、私から逃げるように小走りに去っていった。
そんなことがあってしばらくのこと、いつものようにEちゃんの家に数学の勉強を教えてもらいに行った。
おませのKちゃんが、いきなり私に笑みを浮かべながら言った。
「K君って、Nさんのことが好きなんですって」
「えっ!」
いきなりそう切り出されて私はドギマギして声を詰まらせた。もう、そんな噂がKちゃんの耳にまで伝線していたのか。初めて、その子の名前を恵子ちゃんから知らされた。
「えっ、いや、誰がそんなことを・・・・・・」
私は否定しようとした。しかし、気恥ずかしくって顔が真っ赤になってしまった。
その場にEちゃんもいた。
「そんなに顔を真っ赤にして!」
少し語気を強めてEちゃんが私の顔色をうかがいながら口をはさんだ。いつもの冷静なEちゃんの声ではなかった。声がかすかに震え怒っているように見えた。
私はそれ以上、返す言葉も見当たらなかった。何となくEちゃんに申し訳ない気がした。私に対して嫉妬していたのではないか。それも後になってわかったことだ。
それ以来、Eちゃんの私に対する態度がどこかよそよそしいものに変わってしまった。私もEちゃんに話すきっかけをすっかり失っていた。
どうして正直に江里ちゃんに「好きだ」と言えなかったのだろうか。おそらく、Eちゃんに嫌われたくなかったからかも知れない。きっと「あなたのことは嫌い!」と突き放されて失恋することが怖かったのだろう。
そんなことがあってから、いよいよEちゃんへの思いが募るばかりだった。悶々とした日々が続いた。
やがて中学を卒業した。Eちゃんと私は別々の高校へ通うことになった。当然のことながらEちゃんとの仲は疎遠になってしまった。
ただ一度だけ、吉野からの通学電車の帰りに一緒の車両になったことがあった。吊り革を握りながら、横に並んで少し話をかわした。何の話をしたのかはまったく覚えてはいない。おそらくはとりとめもない学校の話などをしたにすぎなかっただろう。お互いに顔を身合わすこともなく、車窓に流れる光景を眺めながら話していた。肩がかすかに擦れ合ったが、あの時の温もりは伝わっては来なかった。私は心が激しく締め付けられたことを今もなお覚えている。申し訳なかったという気持ちと素直に「好きだ」と言えなかったことの悔しみからだろう。
それがEちゃんと出会った最後だった。
あれから二十年ばかりの歳月が経過した。私は故郷を離れて東京で暮らしていた。中学時代の仲間との音信もごくわずかの同窓と賀状のやり取りぐらいになってしまっていた。 いつだったか、母校の世話役をしていたH君から私の元に連絡が入った。H君は地元に残って稼業の畳屋を継いで、今では町会議員になっていると聞いていた。
そのH君の口から思いがけない言葉が私の耳をつんざいた。
「Eちゃんが亡くなられました。知ってるでしょう、K君も。それで、同窓生一同でご香典をさせていただきたいのですが、加わってくれますか」
「えっ・・・・・・は、はい、もちろん。よろしく」
「じゃあ、また連絡します」
「どうして亡くなられましたか」
「さあ、ぼくも詳しい事情は聞いてはいませんので」
「そうですか。よく知らせてくださいました。ありがとう」
私は電話を切って、しばらく茫然としてその場から動くことができなかった。詳しい死因やどんな生活をしていたのかなど知りたかった。おそらく家庭もあり、お子さんもおられたにちがいないだろう。しかし、いまさらそんなことを知ったところで仕方がない。
ひそかに東京の遠い空の下で、Eちゃんのご冥福をお祈りすることしか私にはすべはなかったのである。
「最近は上市の町もずいぶんとさびれてしまいましてね。困ったことですわ」
私の家は浄土真宗の小さなお寺の檀家である。その奈良の実家へ法事でやって来た和尚さんが困惑した表情で言った。和尚さんといっても立派な中学校の校長先生である。
「吉野の過疎ですか」
「うーん、仕方ないでしょうねえ」
そんな取りとめもない話をしながら、私は法事を終えた後の和尚さんにお酒を進めながら、Eちゃんのことを聞いてみようと思った。
「ところで、私の同窓生のEちゃんが亡くなられたそうですねえ」
「江里さんを知ってらしたのですか」
和尚さんは少し顔色を曇らせて杯を一気に飲み干した。
「ええ、まあ。家も近所でしたから」
「彼女は中学校の先生をしていたんです。私も学校の会合や催し物では何度か会いましたよ。しかし、かわいそうでしたねえ」
「結婚はしていたんでしょう?」
「ええ、ご主人の同じ学校の先生でして。二人のお子さんにも恵まれまして、とっても幸せそうなご家庭でした」
「それが、どうして?」
「交通事故を起こしてしまったんですよ」
「Eちゃんがですか?」
「ええ、見通しの悪い交差点で子供を轢いてしまいましてねえ。まあ、出合い頭だったということで不運というしか」
「で、その轢いた子供さんは?」
「さいわいにスピードも出していなかったので命に別状はありませんでしたが、Eさんはひどくショックを受けましてねえ。何しろ現役の教師でしたし、それに相手が悪かった」
「と言いますと・・・・・・」
「轢いたお子さんの父親がちょっとやくざまがいの人間でして。何度もEさんの家に押しかけては法外な慰謝料を請求したり、Eさんの勤めている学校にも嫌がらせをしたりしまして。そうこうしているうちに、Eさんも精神的に打ちのめされたというか、追い詰められたといいますか、少し心を病んでしまいまして」
和尚さんは手酌でお酒を飲みながら、それ以上のことはあまり話したくはないという表情を見せた。
「そうでしたか」
私の心は激しくうち震えた。
「本当にかわいそうなことをしました」
和尚さんの目も心なしか潤んでいた。
「まあ、運命というものでしょうかねえ」
和尚さんは言葉を続けた。
「運命・・・・・・ですか」
私は私の中にぽっかりと大きな穴を開けられてしまったような気分であった。それはいとおしい者に対する、どうしようもない深い喪失感といってもいいだろう。その空洞をむなしく風が吹き抜けていく。過去という名の風だ。
Eちゃんのことを思いながら、私は某短歌雑誌に歌を六首発表した。タイトルは『何処へ』。こんな詞書きを添えた。「・・・・・・大和上市。中学校の同窓のH君より不意のTEL。Eちゃんが死んだという。しばし愕然。いくたびか夢にたちあらわれたEちゃん。恋情以前のほのかな胸の高鳴りをついに告げないままに逝ってしまった。彼岸花の一輪をささげる」
おろかなるわれの一生(ひとよ)を張る博奕探しあぐねしふるさとのごと
めつむればあを木魂せる空澄みて吉野の城の滅びたるはや
古ぼけし地図帳とりてたどりをりもののけの村いづこにありや
わが裡の狂へる磁石つねにしてふるさとを指し癒ゆることなし
木がくれの湧井に沈めたき首ともの書きてゐるさびしさに問ふ
夢いくつ重ねて来しか醒めてなほ満艦飾のわれのふるさと
腰砕けの歌しか出来なかった。しかし、これはEちゃんに対しての挽歌である。何か歌わねば許されないと思った。
今もなお、時折、Eちゃんは私の夢枕にたち現れてくれる。この世の中が疎ましくてならない私は、それをいつも待ち焦がれているのだが、Eちゃんは私に嫌がらせをしているのか、なかなか現れてはくれない。
あのやわらかい手のひら。すべすべとして温もりのある手のひら。Eちゃんは私の背後から私の背中にもたれかけてくる。私は膨らみ始めた彼女のバストの初々しい弾力感を背中に受け止める。それだけで甘い浄福へと導かれていくのである。
いつしか全裸になって二人で体を重ね合わせる。おかっぱ頭のEちゃんがいつもながらの無表情なままで私の方に赤い唇をそっと差し出す。私はそのまま受け止める。やわらなか唇だ。小さく羞じらうように膨らみのある乳房に私は頬ずりを繰り返す。Eちゃんは私の頭をやさしく撫であげながら細みの体をゆっくりとくねらせ始める。
繋がり合っていないても、それだけで二つの体はとろけてしまい、一つになっていく。ああ、何とすばらしい快楽のうねり、このままずっとその快楽の海原をゆったりと、どこまでも漂っていきたい。
私はあえてEちゃんの体を求めたりはしない。Eちゃんも私に迫ってくることもない。しかし、一つの透明なアメーバーのように溶け合っている不思議。
夢ならば醒めるなよ、と私は必死で願い続ける。あるいは、このままあの世にいっしょに導いてもらってもいいとさえ思う。
桜花とは他界の花、他界を覗かせてくれる花・・・・・・。
来年もまた吉野の花と出会うことができるだろうか。私は少年の心と目でその花の奥へと分け入っていくことだろう。