短歌とTANKA

鴨山行        田中教子

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鴨山行

 

愚息が幼稚園くらいのころ、葛城の柿本人麻呂神社へ、今は亡き、某恩師の一行とで吟行にいったことがある。

吟行会のおり、迎えてくださった助役さんは、あちこち説明しながら、やがて梅原猛さんが来られたときのお話しをはじめられた。

有名な梅原先生がわざわざこんな田舎まできてくれると聞いたので、最初、町の人たちは、みんな大喜びしたそうだ。

それであちこち案内して、祠のなかに納めていた人麻呂像もお見せした。

ところが梅原先生は、その後、例の『水底の歌』で人麻呂像の刑死や人麻呂像の首が動くなどと書かれた。

気を悪くした町の人たちは、もうどんなにえらい人が来ても「人麻呂さん」はみせないことに決めたという。

よってこのとき、私たちも人麻呂像を見せてもらえなかった。

助役さんは申し訳なさそうにしておられた。

 

ところが、先生は、そんな話はどうでもよさそうであった。

先生は、一人しみじみと山のほうを見ておられた。

「どうしたんですか?」

と聞くと、先生は、

「あんた、あの山見えるじゃろ?」

と、指さして言われた。

葛城連山の山のひとつがこんもりとしていた。

「あれが、なにか?」

とお尋ねすると、先生は、

「あんたな、人麻呂の終焉の地ってどこかわかる?」

と、突然言い出された。

私はびっくりして、どぎまぎした。

(これって、何かのテストかしら?)

日頃、質問やテストで脅かされつづけていたので、ここはひとつ慎重になり、

「わかりませんけど・・・石見の国って書いてますよね?題詞に。」

と、無難にお答えした。

すると先生は、

「そう。・・・だが、土屋先生は、葛城やと言うておられてのう。具体的には、あの山や、言うておられたちや。」

私の思考回路は一瞬停止した。

そして、ふと我にかえり、

「え・・・?いま、何かおっしゃいました?」

と、聞きかえす。

先生は、愉快そうに、

「どうじゃ、驚いたじゃろ?」

といわれた。

そりゃあ、そんなことを聞けば驚くにきまっている。

「な、なんであれが石見の鴨山になるんですか?」

と伺うと、

「そう!わしも実のところそこんとこが分からんじゃった。じゃが・・・あれも一応、カモ山やという名前ではあるらしいのう」

先生はしみじみといわれる。

(鴨山・・・?カモとは神に通じるというし、葛城には高鴨、鴨都波があり、鴨一族もいたから、鴨山があってもおかしくはない?・・・しかし・・・ )

私はしばらく考え込んだ。

先生は、

「それでな、ここは人麻呂の生地じゃし・・・」

とつづけていわれる。

それで、おもわず私は、

「そうかもですね・・・」

とお答えしてしまった。

べつに、ダジャレではなかったのだが。

たしかにここは、人麻呂の生誕の地といわれている。それは本当カモしれないし、また、ちがうカモしれない。

先生はつづけられた。

「土屋先生の説によれば、鴨山は石見やのうて大和葛城の鴨山やというのぢゃ。つまりな、人麻呂は石見で死ぬんじゃが、死んでから魂が大和の鴨山へむかった飛んで帰るいうことらしい。」

はて、お話が、なんだかよくわからない。

万葉集巻2・223には、たしか石見の国で死に臨んだ、と題詞に書いてあったと記憶している。

よって歌に「鴨山之 磐根」とある鴨山も石見では?

「な、なんかお話が、こんがらがって、よくわからなかったんですけど?もう一度、お聞かせいただけます?」

とお願いしてみたが、だが先生は、

「ま、そういうことやな」

と、はぐらかしてしまわれた。

「なにが、そういうことなんですか?え?え?お話がよくわかりませんけど?」

と聞いても

「わしも・・・」

といわれるだけであった。

 

先生は、かつてここに土屋文明とともに来られたことがあったそうだ。

助役さんはそんなえらい人がいつ来たのか、ちっともしらなかったという。

 

今、土屋文明の『万葉集私注』を読めばわかることだが、文明は人麻呂の終焉の地とされる「鴨山」は大和葛城の鴨山だと、確かに書いている。

文明の推定いた大和の鴨山は、なんと、人麻呂神社から見えることを、この日私は知ったのであった。

 

八十歳になられた猪股先生は、若き日に土屋文明とここを訪れた思い出を心に秘めておられた。

人麻呂にお参りにきたのか、

文明にお参りにきたのか、

なんだか、よくわからない気分であった。

 

それにしても、茂吉の鴨山考は有名だが、文明にも鴨山考があったのか・・・。

 

 

 

鴨山の岩根しまける我れをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ  

                 万葉集巻2・223 

ここにもまた、二回もカモがはいっている。鴨山・・・かも?

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