短歌とTANKA

2014年歌集紹介

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『造りの強い傘』 奥村晃作 2014.9.26 青磁社

白鳥も黒鳥も檻に飼われいて青天井の檻から出ない

鰻などいくらも捕れた世に生きて良かったですわ茂吉先生

スリに注意と書く看板がルーブルのモナリザ飾る部屋にもありぬ

いわき市の湯本駅ちかき「海幸(かいこう)」の刺し身の肉の旨さ忘れじ

Tさんの車にわれら同乗し「警戒区域」の封鎖地目指す

原発が作る電気の証明に照らし出されて桜妖艶

生ウニの身を食べるのも「復興の支援」と言い合い黄の身をすする

樹齢千年超える樹林は稀ならずヒトわれは百年生きるが限度

 

『磐梯』 本田一弘 2014.11.1青磁社

みちのくの体ぶつとく貫いてあをき脈打つ阿武隈川は

うつくしき岸を持たりしみちのくのからだ津波にぶんなぐらるる

うち続く余震の最中死に近き伯父のベッドを押さへつつゐき

南へ逃げてゆく人 東北に生まれ育ちて死んでゆくわれ

母の無き冬の来むかふ目にみえぬものにおびゆる福島のそら

やはらかくたましひ蔵ふ雪を待つ真土の吐息ましろかりける

亡き子らの小さきあなうら 沫雪が仮設住宅の屋根にふる夜

「お墓にひなんします」と書きてみまかりしをうなのいのち、たゆたふいのち

夫れ雪はゆきにあらなくみちのくの会津の雪は濁音である

十九人の少年たちが喪ひし時間ま白く山にしづもる

春の夜のさくらの腋下ほわほわと毛がはえてゐる夢の中にて

ふくしまの雪を縫ひなば放射性物質ふふむ空をとぢむや

わたくしも死なば桜となりぬべし恋しき人のために咲(わら)はむ

 

『青色青光』 菊川啓子 2014.7.8 ながらみ書房

もののけとなれずに遂にくだり来つ人間界のさむき灯のもと

凍てつける花びらすべて砕け散る幻を見き夕闇のなか

穴を掘る穴をひたすら掘りすすむかの夏の日の死者にあはむと

魚のごと子は泳ぐなりはなやぎて原生林の青き樹間を

悠然とわれを迎ふるのら猫にしたがひてゆく客人のごと

うつすらと雪ふる道にほとほとと小さき動物(もの)の足跡つづく

 

『青き夕闇』 千代治子 2014.9.25 角川学芸出版

青空と大海原のはざまにて一粒のわれ浜辺に佇てり

八十路すぎ習ひはじめしパソコンは心あるごと意地悪をする

ハンドバックを奪はれし夢二夜みる夢占ひは諦め大事

そんなこと信じられない母親の手で殺されて死んでゆく子ら

透明な傘さしゆけば向かうから好きでないヒト来るのが見ゆる

次回には棄権するしかないかもね投票場への道わからなく

絶対に見られぬもののひとつなりわが身の背(そびら) シャワーを浴びる

駅に佇つヒトそれぞれが物質(もの)に見え昏く閉ざせるわが冬心

 

『鯨の先祖』 武富純一 2014.10.23 ながらみ書房

去年まで並んで釣って笑ってた娘が我を突然捨てる

お焚き上げと称し次男は数学のテスト結果を我には見せぬ

人間が田んぼを突っきらないように魚には魚の通り道あり

一日を我は魚と遊びしも向こうは常に命がけなり

自販機にお茶が並んだあの頃に時代が曲がったような気がする

怪獣を倒すそのたび街こわすウルトラマンの苦悩に気づく

年ごとに確かに時は加速するアインシュタインあなたもですか

来世では犬になろうと決めている電柱君と友達になる

ありがとうございましたの「ざ」を過ぎたあたりで体は次へ向きたり

「いちみり」は全部い段でできていてすこしのずれもゆるしはしない

 

『それから それから』 間ルリ 2014.9.26 ながらみ書房

夏雲は軍神(マルス)の形で群衆を見下している 視つめ返せよ

「学会の競争が彼を殺した」と友が呟く雨はあがりぬ

通いなれし研究室の長き廊に十年経ても陽は柔らかし

巻貝より響ききたるは君の歌抱かれているよ夕暮れのなか

春浅きセントラルパークを歩む朝地の眠りより覚める水仙

父を追い心を閉ざす少年が熟した苺をスプーンでつぶす

汗染みし息子のシャツと夏の日をガラッとまわす洗濯機の中

アメリカ南部の史実に触れる時ああアパラッチアの山の頂

「時間は怖い」と呟けりスカートの長い理科の教師が

ちょっとキザな眼鏡の縁が気に入って四十代の時間とあそぶ

 

「いつも空をみて」朝羽佐和子

 
2014.12.17書肆侃侃房

清潔なハンカチのような嘘をつく この青空をなくさないため

そうですか。なかったですか。この本もいつまでも読みかけのままです。

吾子のいる場所が居場所になってゆく今日も二人で湯舟につかる

「地震がきました、地震がきました」おままごとの中にも地震のくる時代なんだな

あなたがいてあなたがいてくれてあなたが思ってもいないほどあたたかい

 

「ゆりかごのうた」大松達知
 
2014.5.16六花書林

こころ憂き春のカバンはぶんぶんと振子のやうにわれを歩ます

死んでのち鮮度うんぬんされてをり食はれちまつた鯵は聞かずも

両耳に枝雀のこゑを注ぎつつありがたいことでございます春

飲みかけのロックグラスにラップして遠くまで歩くやうに眠りぬ

えんぴつをやさしくにぎるその中を道路工夫のあしおとのせり

〈一冊の本〉と呼びたきくちひげのあごひげのほほひげの老教師去る

てのひらを焙るやうにかざしをり枯田のやうなキーボードの上

なにゆゑに妻の引きたる〈夕化粧〉ぬばたまの辞書の履歴書に残る

 

「時の点描」久我久美子
 2014.12.15
あんびしゃ文庫

みづからの腕を枕にして寝入る遠野にねむる白鳥をまねて

一枚の硬貨を投げてうらなへり今日より明日へつづくあやふさ

「ちっ」といふ音でひと日を終らせて午前0時の針は重なる

今の世にすでに在らねばほの白き象牙の箸に烏賊を食ふ父

一身上と記すのみにて幾たびも職を変はりぬ若き日のこと

思想などあらざる我にさつくりと十字の傷をさらす無花果

 

「リアス/椿」梶原さい子

2014.5.11砂子屋書房


お母さんお母さんと泣きながら車で行けるところまでを行く

ああこれが夢といふものどこまでも瓦礫の道を歩いてゆきぬ

跡形も無き町筋のまぼろしの間口を思ひ描かむとして

安置所によこたはりたるからだからだ ガス屋の小父さんもゐたりけり

配給のエビカツやつて来たりけり白身の中に赤身の混じる

水なくて雪食ひし日々放射能物質が降り積もるも知らず

雨粒に宿りたる禍 かの日みな濡れつつ誰かを探してゐたり

 

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