いくたりの人がゆきけむ遍路道俗世の塵を拭はむとして
笠や杖終の札所に納められ千の羽もつ折鶴の添ふ
山門にかかる大草鞋は誰(た)が脱ぎし終の札所を出づれば俗世
養老の滝のマイナスイオン背に浴びて夫(つま)はベンチに大の字に寝る
焼き討ちの炎(ひ)を想はする山紅葉逃れしみ仏笑みを絶やさず
一人暮らしを娘がすると言ひ出しぬ野良猫の親子抱き合ふ夜に
アパートに出てゆきし娘(こ)の指定席リビングに空くまだポッカリと
中谷宇吉郎雪の科学館にて
ひとつとして同じものなき結晶が生み出されをり暗号として
謎めいた暗号解かむ空からの雪の手紙をみつめ直して
一秒もけして狂はむ腕時計身内に見えぬ波忍び込む
洋梨のやうなわが身をしならせて下弦の月のポーズを決める
かくれんぼの鬼の心地に友探す伸びゆくダリアの真白き迷路
ビロードのドレスなど着て洋館に海ながめをり 過去世の夢か
癌告知うけしすぐ後母食らふ碗に一粒の飯も残さず
いつもいつも立ちはだかりし母の手が震へ続ける 青い手術着