上村典子 歌集『天花』 ながらみ書房2015.8.22
本集のタイトル『天花』(てんげ)は、上村氏の最初の家があった山口市天花から取られている。原点を残しておこうという裏には、曰く「一度きりの離別」がいくつもある。その離別のなかでもことに、父母、兄などとの別れが痛切に詠われている。
「かなかな」
かなかなはわれをもたざるひかりなりひかりのこゑをこぼしてやまず p.9
わが恋に汁椀ほどのみづあかりあれば朝夕机辺にひかるp.10
無人なる夜の公園渉るとき少年期またすいくわのにほひ p.11
「シャルロッテ」
アウシュビッツ四十三年十月に荷のごとく着くシャルロッテ・サロモンp.13
裏日本と呼び続けきて知るまいぞつつぬけの晴天日本海にあるをp.54
ひとたびも母体とならぬわがことをおもへばいづこか膨れてゆくもp.58
兄と母父は最初の家族ゆゑうちそろひたり骨壷ならぶp.119
父を許さず父も許さぬひとつことあるを噛みしむあるをかなしむp.119
外塚喬 歌集『山鳩』柊書房2015.8.15
母の死、自らの死を意識しつつ生ある今をひたむきに生きる姿がここにある。
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逃げ果(おほ)せたるししむらをわれながらあつぱれとみて夢よりさめるp.11
人を見るほどには見えぬみづからを真二つに割きて見るときがあるp.17
生(な)り年の柿に目白の歌ふとも死にたる人は二度とかへらずp.22
自爆テロの載る夕刊に白菜はつつまれて緑色を濃くするp.26
顔を見せればよろこぶ母がゐるゆゑに放蕩息子は帰るp.140
曲がり角ひとつ間違へわが夢に来られぬ母にともす灯p.181
楠田立身 歌集『白雁』ながらみ書房2014.11.7
想定外の晩節、と自らをいう作者が大腸癌を患いながら生をみつめた一冊。三枝昂之氏の帯文に「人生のベテランならではの奥行きと軽みが楽しくも味わい深い」とあるのもうなづける。2015年日本歌人クラブ賞受賞
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雛を襲ふ狐とたたかふ白雁の翼が夜々の夢にはばたくp.11
方便とてわれのつきたる嘘の嵩照らして煌々と寒の夕映えp.20
そのかみの言葉封じておらびける馬鹿野郎宰相嗚呼いま何処p.83
警官に復職せざりし亡き父の敗戦への無念を秘め参内すp.95
嘘つきは生得ならむ滑らかにひらめく舌先にだまされてやるp.104
齢 四十六億年の星に存へて悪腫瘍など何のこれしきp.131
白川ユウコ 『乙女ノ本懐』六花書林2015.8.30
素直な表現のなかに自意識の強さを垣間見るのは、現代の若い世代の歌の特徴であるかにみえ、この集にもそうした印をみるのである。人によっては爽やかな潔さを感受するだろうが、別の人は手応えのなさをいうかもしれない、また古い詩歌に辟易した魂は眩しい輝きと思うことであろう。そうした不安定さこそが、この集の本質である。即ち、完成されざるもののなかに美があり、その伸び代こそが最高の魅力なのである。
しあわせになりたいですとその口で言ってくださいお茶を淹れますp.9
贋物でいいと言うなら空中にフォークの浮いたパスタにしたら
なにひたつあきらめたことないのです次々に咲くタチアオイですp.15
戦没者慰霊のために開かれる安倍川花火大会の夏p.166
焼夷弾思い出すからわが父は打ち上げ花火きらいだというp.166