捨石 喜多弘樹
老母を看取りてくれし兄がゐてこの忘却のかなた春雷
おぼろ夜のおぼろを食みてそののちはこのやはらかき枕に眠れ
さりげなくスーパー食品売り場にてみな偽物と声荒げゆく
かたつむりいづこに去りてしまひしや渦巻きの殻謎めきし角
いつまでも電車に揺られゆられゆられあかとき露となりてゆくかも
老いゆくは国の捨石さもあらば竹林の闇に身投げせむとす
洟垂れの小僧よ今宵明恵をおもひ親鸞をおもひ道元を読む
こんなにも梅雨は楽しきものと知れずぶ濡れのこころ流しくるるも
こころざし見つからぬ世ぞ夏草の茂みの奥のひとつ姫百合
浴衣姿のをとめの白き脛がゆく久米の仙人いたいたしけれ